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zoom RSS 中学女子バレー部指導録F

<<   作成日時 : 2006/02/16 12:39   >>

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チームは順調に仕上がっていった。
秋ベスト8、春ベスト4(組み合わせも良かった)と戦績を上げ、強豪チームから、やっと練習試合の招待を受けるところまで来た。
市内で強豪といわれるチームは、7〜8チーム。
すべての学校に、カリスマ先生がいる。
この数人の先生方が中心となって、市の中学女子連盟を切り盛りしている。
通常、数年で転勤だが、彼らは場合によっては10年以上、同じ学校にとどまっている場合もある。
部活の顧問も、教員の仕事の一部として捉えているのだろう。
毎年チームを仕上げてくるのだから、やはり、指導者次第なのか。

このような強豪と、練習試合が出来ることの意義は大きい。
練習試合では、セットを取ったり取られたりだが、「どうせ勝てない」というコンプレックスを、少しでも払拭出来る。
エイトになれば、次は必ずあたるチームだから、ここで勝たなければ先には進めないのだ。
いけそうなチームも、見極めなければならないし、対策も考えなければならない。
殆んど、日曜のたびに練習試合を重ねていった。

ポジション、役割の分担も、固まってきた。
チーム一長身のsekiは、ワンポイントブロッカー。
彼女は、レシーブ苦手、アタック弱い、サーブ下手。
しかし、ブロックだけは良い。
センター位置からオープンへの移動ステップも上手にこなす。
練習試合でも、毎セット毎セット、ここぞという時には彼女を起用した。

もうひとり。
kaori。
konとリベロを争ったが、成長著しかったkonについていくことは出来なかった。
それでも、彼女に役割を与えなければならない。
目指すは全員バレーだ。
彼女は、バック3ローテでの交代要員。

次の年の事もある。
練習試合では、2年生でただひとり、risaだけは出番を与えた。
彼女は、次代のエース候補だ。

ところがこの頃、2年生たちの不満は極限まで高まっていた。
練習試合になれば、2年生はただただラインズマンと球拾い。
おまけに、1年生は2年生に比べ、体格も良く素質にも恵まれている。
場合によっては、2年生より1年生の方が良い。
2年生で試合に使えるのはひとりだけ。
しかし、使おうと思えば、1年生でも3人は使える。
「できる」上下に挟まれた2年生は、自分達が下手なのは練習不足が原因だと思っていたのだ。

実際は、彼女たち自身の問題だったのだが、気付いていない。
娘も含むこの2年生は、その後、色々な問題を起こし、本当に忘れられない存在となった。

ともかく、総体までどこまでできるか。
その前の「親善大会」が楽しみだ。








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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
僕この「中学女子バレー部指導録」が好きです。僕自身、バレーをしてきていろんな競争をしてきました。中学の時は2年生の時、3年生に紅白戦で勝ってレギュラーが変わってきたし、高校の時も1年から試合にでたし(部員数は30名ちょっといたかな)ちなみに僕のポジションのセンターは僕を入れて6名(先輩は23名いた)その中でアピールして勝ち取った。
もちろん1年の時から2年生には勝っていました。他県の春高代表の高校にも勝っていました。チームなどにはいろんな問題が浮上してくるから指導者は大変ですね・・・僕もいつかは
指導者になりたい・・・
ryuji(旧埼玉代表止まりの人間)
2006/02/16 18:49
ryujiさん、いつもコメントありがとうございます。
「中学女子バレー部指導録」が好きだと、率直にいっていただいて、ホント、嬉しいです!書いていても、励みになります。
ryujiさんは、センタープレーヤーだったんですね。部活に賭けていた青春時代が、伝わってきます。
ところで、指導者としてバレーに関わるチャンスは、必ずきます!断言しますよ。私の場合は、大学を卒業してすぐ、一回りも歳が離れていた弟が通っていた小学校のママさんバレーの監督を引き受けたことがきっかけでした。その頃、自分でも、倶楽部チームを結成し、葛飾区に登録してバレーをやっていました。ホントにバレーが好きでした。その後、結婚し、子供ができ、今度は私の子供が通っていた小学校のママさんチーム、地元一般女子チームと監督を歴任し、柏に引っ越してきました。中学は、娘が入部した関係で、コーチをすることになったのです。大丈夫。「思い」があれば…、「出会い」は必ずあります!
sho
2006/02/16 21:37
こんばんは。中学時代のバレーはいい思い出がありません。同じ学年で25人もいたので、レギュラーはもちろん、補欠にも入れませんでした。練習は下の学年と同じで、試合はいつも応援のみ。この『2年生』と似たような感覚ですかね。それでも部活には出てました。他にやることなかったからでしょうか。でも、バレーをしていたからこそ、今の自分があるので、部活を辞めなくてよかったと思います。
これからもお邪魔させていただきます。
やんくみ
2006/02/16 21:58
やんくみさん、いつもコメントありがとうございます。25人ですか…。人数が多いことは、指導者にとって嬉しいことですが、どうやって全員の「やる気」を維持するかは、正直難しいかも知れませんね。それでも、やっぱり全員を引っ張っていくのが、「指導者の役割」だと思います!やんくみさんが、今こうして「ソフバ」を楽しめるのも、あの時があったから…ですね。また、寄ってください。
sho
2006/02/16 22:19

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